2015/10/12

BIDA

帰国して信州に住んで3年

近隣に結構スゴ技の持ち主がいる
スピーカーを作る職人や、オーダー家具職人、漆器など多彩
当初は自転車の展覧会を企画したがコレはまず地域のスゴ技展覧会をしたいと思ってん。いま、求められるのは日本製。ヨーロッパ由来のモノでは無く日本のモノづくりを生かした古くも新しいもの。”ジャポニズモ”とでも表現しようか・・ 伝統的な技術やコンセプトを生かし完成度が高く、”美しいモノ” の展覧会

諏訪湖の湖畔にたたずむ美しい建物“片倉館”
以前は片倉工業としてシルク号と呼ばれたレース自転車を製造していた
自転車とは縁の深いこの建物で開催する
“シルク号”の特別展示もあります

BIDA2015の詳しい情報はこちら↓
https://www.facebook.com/bida2015open


10/17〜18 入場無料
場所は国の重要文化財指定の“片倉館”200畳の大広間
通常はなかなか入れない場所である

http://www.katakurakan.or.jp/about_us.html



2015/04/25

エスプリ

ウチの大事なお客さんからお題が出た。
カッコいいバイクを一つ・・予算はノーリミット

さて。。60歳代のこのお客さんに何を作るか。 自分がその歳になったときどんな自分だったらカッコいいのか想像してみた。

<60代になっときの妄想>
仕事もピークを過ぎ趣味程度にチャリを作る。ときどき近所を乗り回すがモーターバイクを乗る機会が増える。青春時代のVERONAに行くが世話になった人たちはもう逝ってしまって行こうと思わなくなる。本場のパスタより奥さんと行く近所のイタメシがちょうどいい。30年前にミラノで買った派手なシャツも歳が行き負けない風格がでる。チビが巣立ち奥さんと一泊程度の小旅行に行くようになる。もう自宅改装の資材を運ばなくて良いのでトラックを手放し、オープンカーを買う・・・


そうだ! オープンカー だ。




この人と話していたら昔オープンカーが欲しかったと話していたような気がする。そんなイメージでバイクを作ってみたらどうだろう? 御年60の紳士に「カッコいい」を主張する過飾は必要無い。上質でさえあればそれがまとう「美しさ」でほのかに香る格好良さを狙う。ツイードのジャケットを羽織った紳士からオーデコロンがほのかに香るアレである。決してロゴがいっぱいのレーシングカーではなく無印のロードスターが似合う。






ZULLOチタンフレーム : 90年代東西冷戦が終わりそれまで軍需専用だったチタン素材が一般的に使われるようになった。当時プロツールに供給していたZULLO氏、選手からのリクエストで山岳ステージ用軽量バイクとして製造した。ソビエトから取り寄せたチューブで作ったフレームはあまりに軽くできてしまいUCI規定をパスできず出走不可。それはレース用試作フレームであって「危なっかしくてだれも乗りたがらねぇ・・」とその後工房でホコリをかぶって20数年。まるで”紅の豚”の飛行艇である。

ホイール : これもZULLO工房オリジナル。スポークの固定方式がユニークでフロントホイールのラジアル組みは普通だが、なんとリヤもスポークがクロスしないオールラジアルで組まれている。これも90年代にZULLO氏が作ったユニークな構造のハブで当時のシマノ8Sボディー。シマノは8S-10Sまで互換性があるのでこれに10Sを入れてある。タイヤは25Cで快適性アップ。ポンプアップの回数を減らして空気入れ忘れてもパンクしにくいだろうと”ちょっ太め”




駆動系 : さすがにシングルスピードはこの紳士にはキツイ。リヤのみの10Sを使ってフロントをシングルギヤに変更 溶接されていたFD台座は削り落とした。ただし、そこは紳士仕様なのでチェーンリングガードでパンツの裾をギヤに食われるのを防ぐ。このリングガード、既存のものはデザインが野暮ったい。ここはもともとのアウターリングを加工、歯を取り去ったものを用意した。

ハンドル : アイキャッチになる木製のハンドルバーはイタリアGHISALLO製のカーボンハイブリッドバーで振動をかなり軽減してくれる。ここはしっかりとレーシングバイクではないところをアピールする。クルマで例えるならコーナリング性能のためにショックで足回りを固めるのではなく快適性を重視したノーマルショックを選択するようなもの。ちなみに”ニギリ”が無いのはショックを十分吸収できると踏んだから。しかもこの紳士、蕎麦打ちの達人で麺棒をいつも握っているので違和感はないだろう。

ステム : ロードフレームにドロップバーで確保するライダースペース(ハンドルからサドルまでのスペース)はこのベンドバックする木製バーでは確保できないので125mmという長めのステムでスペースを補った。ステムは往年の名品、3tttトップモデル”RECORD84”アルミ鍛造ステムで細身だが鍛造品なのでしっかりしている。

シート : ブルックスの本革を行こうかと思ったがかなり使い込まないと“痛い”。快適を主眼に置くとこの天然ゴムのハンモック構造である”カンビウム”がぴったりだ。またシートピラーは昨今珍しくなった26.8mm径で種類も限られるので”TOMTHON”を採用したが”TOMTHON”ロゴがアメリカンを主張する・・アルマイトでブラックにしてこの”アメコー”を黙らした。

革巻き : ウチの工房のある長野県は伊那谷、ちょっと南に下ると“駒ヶ根”とか“飯田”なんてとこがある。そこに革の工房がたくさんあって今でも国産高級車の革ハンドルや革シートを作ってるって教えてもらった。そこに出入りしてる仲間に頼んでハンドル職人に革を巻いてもらった。ステッチの色を変えてそれを見せることも可能だが、そこは”紳士仕様車”だからステッチも同色に近い色で見えない位置に配置する。部分的な主張を抑え全体のまとまりを優先した。 革にあるマークは次回 色無しの”型押し”にしようとおもう。


ESPRIT

重量 ; チタンフレーム+フロント変速機がないので ”すんげぇ軽い” 

え? 何グラムかって? >> こちら





こんな感じのジャケットとか・・
あ、これ オーピンカーには必須ね

洒落がわかる紳士にこの ZULLO [ ESPRIT ] エスプリ のススメでした

ZULLO [VERONA ITALY]  サイズオーダーフレームの詳細はこちら


オレも洒落のわかるそんな紳士になりた〜い・・・ 妄想しよっと。


2015/03/28

レジナ


山形へ採寸旅行なのだ。
西は九州熊本まで行った事があるけど、東は東京までだった。 東北で初めて依頼があったので行ってみたら どえらいコアなお客さんが歓待してくれてん。

自転車歴12年だけど、出されたお題は「SuperRecord」! 

新品ですやん! しかも当時の箱入り
フリーはさすがに無いだろうと思ってたら、レジナ フテゥーラ コンプリート でチェーンもオロ と来た! 自転車歴12年ではない臭いがプンプン… どうもお友達にマニアがいるらしくそのマニアック度がハンパないらしい。


脱帽しました… ここは秘蔵のビンダストラップを提供して、ハンドルも当時物のジモンディ3ttt リムはNISIを組むしかない感じです。

フレームは ZULLO 1976SPECIAL を用意してと。。サドル どうしようかな?
コンコール か チネリ シロ… 迷うぜェ

山形名物の挽きぐるみ田舎蕎麦を頂いて帰りみちみちゆっくり考えるとする。


2015/03/27

トリコロール

カッコいい FIGATA と訳される、オレみたいにカッコいいオトコ(笑)はFIGONE(FIGOの最上級)フィゴーネ と言い、女性ならFIGAという。ちなみに辞書を引いてもちゃんと載っていないぞぉ。 さて、その格好良さだが人によって様々だ。ただし「美しい」とか「カッコいい」なんてのは相対論であるところも大きく「一般的ではない」=珍しい ということが第一条件である。

むかし、ミラノに住んでいるときに骨董市で買い求めた古着のツイードジャケット。たった5ユーロだったがまるであつらえたようにぴったりだった。家に帰って仕立て屋のシェアメイトに見せると目を白黒させてうらやましがった。今でも良く着るジャケットの1つだがそれを5ユーロだと隠すことなく白状することにしている。人に威張るならアルマーニかも知れないがこの無名のツイードのほうが好きだ。

カッコいいとはどういうことなのだろうか?

身の丈に合ったモノをまとい、人の価値観に左右されない自分の物差しをもって物事を判断する。その価値観に他人の同意を必要とせずまた他の物差しを批判することもしない。・・ということのような気がする。だからオレは「イタリア製」だからといって国旗を付けなくてはいけないと言うのにはすこし抵抗がある。実際、フレームに付いているイタリアの国旗はものすごく小さく描くし、でっかいトリコロールを付けてくるブランドはそのステッカーを剥がしてしまうことも多い。日本製のカメラや自動車、自転車でもいいが日本の「日の丸」が付いているとちょっと「ダサイ」と感じるのはおれだけなのだろうか? 万が一にもフェラーリを買うことがあっても日本のナンバープレートの下にイタリアのナンバープレートを挟まない。それこそがモノがどこから来たということが自身の思う「格好良い」価値観を支配しているように思えてならない。

イタリア製だからカッコいい という漠然としたイメージが製品の本質をぼやかしているように思える。仮にZULLO氏が日本に引っ越したとしたらどうだろう?もちろんイタリア製ではない。過去には関西人のオレがイタリアで「メイドインITALY」と書いていたがそれは許されるのだろうか? 

お客さんにカッコいいモノって?

これが難しい・・オレの持っている価値観をぐっと抑えなくてはならない。オレの趣向や好き嫌いを仕事に際してはオフにしなくてはならない。例えばオレンジ色の車体に黄緑色でロゴを入れたいというリクエストの場合、オレのバイクには絶対しないパターン。生理的にダメ。でも何故このリクエストが受け付けないのかをすこし掘り下げると、その2色が「補色」という真反対の色の関係になっている。色度のコントラストが最も強く、色温度も極端な差が出てしまい、製品を分割するように見える。これは「美術」という学問の上で論理的にNGなのである。

仕事に際してはオフにする自身の物差しだが、それによって冷静に対象である「ヒト」を見ることができる。自転車を設計する上では「お客さん」である。その「ヒト」と話をするところから始め、ありとあらゆるその「ヒト」についての情報を集める。お客さんの身体寸法をとるために遠くは九州、東北に足を運ぶのは採寸だけが目的ではない。使うヒトの持っている価値観を知ることがその人に合うカッコいいモノを創造する上でどうしても必要なのだ。



2015/03/07

マリア



昨年ドイツで開催されていたユーロバイクの帰路、ボーデン湖からVERONAを目指し列車で南下する。クルマだと結構簡単なのだが列車は結構ややこしい。
まず、会場のあるドイツからオーストリアとの国境の街ブレゲンツで乗り換え、オーストリア国鉄のインスブルック方面行きに乗る。このブレゲンツはオーストリアの西の端だからウィーン行きでもインス行きでもどちらも正解。しかし列車は乗り継ぎが悪く結局インスブルックに着いたのは夜半で1泊して翌日ブレンネロ峠駅行きに乗る。ここはイタリアとの国境でここでイタリア国鉄に乗り換える。通して切符を買えれば良いが普通列車の場合は国ごとに買い求めなくてはならない。結構大変である・・イタリアに入って見慣れた風景が目に飛び込んできた、数年を過ごしたトレントである
ユーロバイクの会場のあるボーデン湖
対岸はスイス 湖畔の南側はオーストリアだ
途中インスブルックで泊まり、いつもお決まりのアップルパイを朝食に頂く
チロル地方の定番スイーツだ(オレはこのパイが大好きだ)

ブレンネロ峠へ向かうオーストリア国鉄からの車窓
その昔、自作の木製自転車であの道をイタリアから下っていったバカがいた

哀愁のイタリア国鉄は相変わらずボロい
オーストリアから乗り換えるとその差に戸惑うけどその無骨さが好き

ブドウ畑が出てきたトレント北部
谷にはリンゴとブドウの畑 列車はVERONAへひた走る
トレントで途中下車
ここで途中下車したには訳がある・・今回の旅のちょっと前に衝撃的なニュースを耳にした。ここトレントにあったサンパトリニャーノの支部が閉鎖されたということだった。サンパトリニャーノとは、イタリア社会に蔓延する麻薬中毒患者、アルコール中毒患者などを更正させ社会復帰をさせる団体でヨーロッパに知れ渡る大きな組織だ。タイトルを[マリア」にしたがマリエッタ・ジャージの意味 ではない。マリアは隠語で「マリファナ」を意味する。 その施設で彼らは職業訓練の一環としてワイン製造や馬の飼育、特殊なものでは高級壁紙を作ったりもしていてその壁紙はアメリカ・ホワイトハウスにも使用されている。実はそこに自転車製造部門があった。チネリ・レーザーをデザインしたアンドレア・ペゼンティーやカレッラのルチアノ・ブラッキ、ダリオ・ペゴレッティーなどそうそうたるメンバーが出入りしていた隠れた工房でもあった。私は渡欧した翌年からここで働き、各社の下請けの仕事をそこの若者達と一緒にやった懐かしい場所である。後のZULLO氏との出会いの場でもあるこの工房が支部ごと無くなってしまうというニュースだった。そこにはペゴレッティーの弟ジャンニが職員としてフレーム製造を管理していたはずだった。私はそのジャンニ・ペゴレッティーに会いたかったのだ。
サンパトリニャーノ閉鎖! の紙面

久々に再会したペゴレッティの弟ジャンニ(右)
彼がデザインの一切を担当して現在のPEGORETTIがある
私は彼をバイクデザインの先駆者として尊敬している

当時、兄ダリオは溶接講師として施設で教えていた
その施設で私たちが塗装を行っていた

リミニの本部は1500名に対しここトレント支部は150名程度
ホテルと間違うようなきれいな宿舎でもちろん塀はない
皆すすんで4年の更正プログラムをこなしていく

CARDONAZZO湖 トレントから20km SGANA谷を行ったPERGINEという街の近く
この湖を見下ろす丘のうえに宿舎と工房が建てられていた
列車を降りると懐かしい顔があった。ジャンニ・ペゴレッティーだ。私を車に乗せカルドナッツォ湖へと走る。ジャンニは奥さんと2人暮らしで子供はいない。施設で息が詰まるとよく私を泊めてくれた湖畔の古い彼の家は改装されてモダンになっていた。


施設の閉鎖はやはり彼にとってもショックだったようだ・・兄と弟でブランドを起こしたあの当時とは馬力が違うと説明してくれた。しかし抜群のデザインセンスをもつジャンニだったらできるのではないかと言うと、彼は へっへへ・・と薄ら笑いをしながら新しい作業場を見つけて準備をしていると言う。サイズオーダーのカーボンバイクで製造を開始する。彼のすることだから、きっと見慣れたバイクにならないだろうとワクワクしてします。「カーボン」と聞くと拒否反応をする人もいるかも知れないがその辺の話はまた今度ゆっくりしよう。 ここで過ごした数年、彼とサンパトリニャーノの若者達に感謝し彼らが二度と人生を誤ることなく何処かで生き生きとしていることを願う。


<季刊誌CYCLEに寄稿した当時の施設での話>

まるでリゾートのような印象だったその工房・・がそれもそのはず。そこのスタッフの説明で元麻薬中毒患者達の作業所で職業訓練が主な目的で運営されているサンパトリニャーノという施設の一部だったのだ。入所者は寝食を共にし4年間でその道の専門性を身につけ社会に復帰する。麻薬に人生をむしばまれ現在は手に職を付けるために黙々と働いていたのだった。花を栽培するコースや盲導犬を育てるブリーダー、ミラノサローネに出品されるチェアやテーブルを作る木工所も併設される。フェンスも塀もない敷地に建つリゾートホテルみたいだと思った建物は彼らの宿舎であった。私は修行の目的で渡欧したが製作現場にまだ飛び込めない焦りもあり施設にいる若者達が逆にうらやましくも見えたものだ。

その若者達を束ねるピエトロという男は私の木製自転車を見るや所長に会わせてくれ、私がイタリアに来た理由を正直に言うとここで働けと言う。しかし、どこに住んだらいいのだ? 麓にあるサクランボと林檎畑以外はアルプス山中でアパートどころか住居さえまばらである。考えあぐねていると「おまえさえ気にしなければ、若者と同じフロアに1部屋空きがあるからそこを使えばいい、あと3食もつけるぞ」というではないか。所長面談が終わるとピエトロは私に「うまくやったな!」とニコニコして言い私はそのままの旅行スタイルでその日から泊まり込みが始まった。

その山中の工房へ自転車業界の重鎮達がよく出入りした。イタリアを代表する多くのブランドが手間の掛かるフレーム製造をこの施設に委託していたのだ。私たちが製造した中にはGIROやTOURに出る選手のフレームなどもありレース中継で見ることもよくあった。デザインと品質管理が私の主な任務だったがその傍ら塗装をしたり溶接したり元ドラッグジャンキーたちと徐々に仲良くなっていった。常に彼らと過ごすうちにあまり上手ではなかったイタリア語も磨かれ、彼らの身の上話を聞きながら作業に当たる。VERONA出身のフェンシ-という男は仕上げを担当、彼はドラッグの購入資金のために銀行強盗を4回もして逮捕され施設での更生中だったが私にヤスリのかけ方以外に「その」方法もしっかり教えてくれたりした。イタリアは今だコネが重要な社会である。そのコネを持ち合わせていないと努力が認められないというより自分の能力を表現する場所にさえ巡り会うことが難しい。確かにドラッグに手を出すほうが悪いといえばそうなのだが容易に手に入ってしまう社会なのだ。彼らと接しているうちにそう簡単な問題ではないように思える。私はアルプスの雄大な景色の中、自転車製造を通してイタリア社会の深淵に突然ほうり込まれたようだった。
みな、私にイタリア語(他にもいろいろ)を教えてくれた


2015/02/12

スタラベンナ

このおじさん、フレームを作りを始めて40年になる
成長期の80年代からパタリと売れなくなった90年代、時代を通していろんな自転車を作ってきたZULLO氏

去年工房を訪ねたとき彼の生家と初めてフレームを作ったガレージを案内してもらった
これがその場所

ベローナの町までかなりの距離と勾配
街に出て友人と遊ぶにはその都度自転車で1時間かかる
およそ800mの標高差をほぼ毎日走ったらいつの間にか州代表の選手になった
(本当は彼女に会いに行っていたらしい・・帰りは真っ暗で死ぬ思いを何回もしたと言っていた)



大きな地図で見る
マップで散歩してみて!


ドイツまで続くアルプスの山々はVERONAの北、
おじさんの生まれ育った場所から山がそびえる

VERONAといっても山岳地帯そのもの

76〜78頃そこで作っていたフレームを再現することになる
40周年記念で全世界限定40本の1976モデル
(溶接小物が手配できないので本当はもう少し少なくなるかも)
ちなみに初号機は東京目黒のNUKAYAクラシコさん行きが決定!
既存のVintageをベースにフォーク・クラウンやシートステーも今回特別にあつらえる。当時よく使われたシートステーのダブルコーン:上下両方が優美に細くなっているものをコロンブスに特注している。シフトワイヤーもBBの上を通すのもすご〜くクラシック! もちろんロゴ書体もこの時代のものを復刻する。

こうご期待

2015/02/11

ダイダイ

年末も最後の大晦日の31日、極貧家庭のウチに大事件が発生



そう、チビが誕生した・・うわ!どないしよ・・自転車は山のように作ってきたがコイツは初めてだぜぇ。 しかも 「う*ち」 しやがる。
あたふた、あたふた・・おぎゃぁ〜!
しかも 高射砲が付いてるのでオムツ換えには狙い撃ちされないよう細心の注意が・・

だいだい色の 橙(だいだい)と名前を付けた。
木に登ると書き、まっすぐで熱いイメージ。温厚な性格を期待。
ZULLO氏もかなり喜んでいる模様、いつか彼を連れてイタリアを回ってみたい。



クラシコ

クラシックフレームに合うステムとピラーが日東製しかなくイタリアというこだわりを持つユーザーさんから要望を頂いていたアルミポリッシュのパーツを準備してる。ただし昨今のハンドルバーはオープンタイプのステムを基本にしているので曲がりがキツく本当の片開きビンテージステムだとバーが通らん!そこでオープンタイプのステムを彫刻して磨いてみた。これならクラシックな雰囲気を損なわない。

ステム 80mm\100mm
  (ハンドル25.8ー26.0mm)
2本締めピラー 27.2mm


2014/09/09

オリジナル

ドイツでの見本市を終え イタリアに
工場は移転したけど懐かしい場所と人々。建物は古いけどなんかピッタリ。

今回は身重の奥さんを置いて一人旅(またか…) おじさんに再開し40年前に創業した場所へ連れて行ってくれた。


早速、工房では溶接に色塗り デザインなんかがドッサリ。

10日ほどの滞在ですが勘を取り戻しつつ頑張ってるで。自転車に乗るのと一緒で一度できるようになるといつでも出来ちゃうもんだよね。イタリア語も日本にいる時はほとんど使わないけど長年居たのでもう忘れないのといっしょやな。



2014/09/03

ブレンネロ

帰国後 初めて成田から飛行機に乗った
行き先はスイス チューリッヒ
ドイツへ電車で移動してヨーロッパ最大の自転車ショー「ユーロバイク」が開催されるボーデン湖へ向かった



その後またしても陸路 電車を乗り継ぎイタリアを目指す。以前ならレンタカーで移動なのだが今回はイタリアからのフライトでローカル線を乗り継ぐ。まるで青春18切符の旅やん。

オーストリアインスブルックで1泊、翌日ブレンネロ峠を越える。途中の車窓から木製自転車で峠越えをした10年前に通った道を眺めた。

トレントに寄って、ジャンニ ペゴレッティに会い泊めてもらう。昔 一緒にいたSanPatrignanoの話で盛り上がった。ちなみに、フレームビルダーとして有名なペゴレッティは彼の兄で以前は一緒に働いていた。

10年前に比べてみると やっぱ歳とったなぁ。。現在はカーボンバイクのカスタムをしている


Zullo工房の近くの村 サンジョルジョ
ここから数分の場所

工房が新しくなった というが。。場所が変わって建物は古くなってるやん。でも前のとこより雰囲気があってイイ。


到着した次の日から、手伝です。
おじさんは元気でよかった。
日本からのオーダー 頑張りまーす。

つづく

2014/09/02

ポア

イタリアの現地工房へ打ち合わせ出来ました
新しいジャージが上がってましたが皆さんいります?

¥12500 送税込 

ご連絡はメールで!
サイズもお忘れなく。

2014/08/26

ビダ

多くの資本を必要とするプロダクション、大量生産することで価格を下げて普及を図るマスプロダクションによって現代人はおおくのものを手にしてきた。しかし、その反対側にあるプロダクトも辛うじて残っている。

現代においてそれは必要無いとも思えるが、もし世の中の製品がすべて画一化されてしまい道を走るクルマは全て同じ色だったり、もしみんなが着る服がすべておなじだったらそれはつまらない。。人はそれぞれに「違い」があるからこそ探求に値する。「個性」とは無駄に思える「違い」でありそれこそが多様性そのものなのだと思う。

たしかに現代社会は効率化を進めた。結果その生産性の恩恵を受けゆとりのある時間や、多くのものを消費できる社会を築いてきたがその反対側である非効率的なものは本当に社会から無くなってしまっても良いのだろうか? 私はその両方が必要で、例えるならユニクロの靴下もテーラーが作るオーダーシャツもアリなのだ。

自転車に当てはめるとマスプロダクトの製品がある一方で「そうではないもの」もある。少数派である「そうではないもの」はなかなか目にする機会がないのが現状。以前はアメリカで行われていたNHABSがそうだったが近年マスプロダクションの趣が強くなってきてしまった。そこでメーカーであるビルダーとその製品、哲学や生き方に触れる機会を作ってみたい。私は自転車というものだけではなく日本のビルダーや世界のビルダーたちの作品以上に「その人」にとても興味がある。

メーカーとユーザーという垣根を越えた交流の場を作ってみたい。先日のZULLOミーティングを開催したときから強く思うようになった。

ならば、やってしまおう。

なんてチョロッと言ったら

場所が決定
(現在スタッフとして動いているみなさまありがとうございます)
国指定重要文化財:片倉館 諏訪湖
シルク号で有名な片倉工業の片倉財団所有 1928年に作られた建造物

重要文化財のなかでショーができる
ビジターも出展者も楽しめる温泉付で諏訪湖畔

2015年 05月 29〜31日(3日間)

スタッフ及び準備不足で本年度の開催は見送られました。
シュン。。

BICYCLE INTERNATIONAL INTERCROSS DESIGN ARTISAN

BiDA 2015

どやろ?

昭和2年にたてられた洋館、しかし内装は純和風。アメリカ、ヨーロッパから決して表に出ない名工達を集めたい。自転車の台数ではなく、それに人生を掛ける「職人」にスポットを当てる。

現在 企画進行中 手伝い 協賛求む!

オレはこの件についてイタリアに行って各方面の協力を要請してこようと思う。。
というわけで、9/20頃までイタリアにいます。

2014/08/05

ニャー

6月〜7月に頂いたたくさんのオーダーのスケッチを描く毎日
描いても描いても・・終わらない
終わらないのはオレが無能なのかもしれへんけど
クライアントの心変わり・・がほとんど。

でも

とことん付き合うのである。
だって、どんなに性能が良くても。。
サイズがジャストフィットでも。。
ダサイと乗る回数も減るというもの

漕ぎだしたらどんな色かデザインなんかはどうでもええ
時速50kmで走る物体のデザインなんかみれへん。

でも

乗りたくなるデザイン、人に見せたくなる自転車を目指す
人は本能的に人の眼を気にしながら生きているもの
(NHKスペシャルで言ってた・・)
カッコ悪いのはダメなのだ

だから、いっぱいスケッチを描いて
納得してもらってから塗装
最近は工房から他国へ輸出されるものまでスケッチ描いてる
オレが工房に居た昔のままの分業やん。

シンガポール行きVergineの例


やはり、これに決定。
コントラストの強い組み合わせがアジアンにはウケる
日本人が思う上品さ=高級感は世界的に通用しない
 さらに
最近はトカゲ、改めヤモリ

とか ネコ なんかを依頼されるニャー

今度は ツバメ ときた!
その前はコウノトリもあった・・

カラーバリエーションも展開して

イケてない色の組み合わせの場合も納得してもらうためにスケッチを描く

そしてデザイナーはぐったり。。

でも、やっぱり描く
だって塗る前にどうなるか、そのイメージを具体化できるこれって
とっても素晴らしいと思う。

国を超えてどんな言語の人が見てもわかりやすく
お客さんのイメージ通りのものを作る
イロヌリの図面のようなもの。
大事である
・・と言い聞かせて
今日も描くぞ