以前仕事をさせてもらったPASSONIの社長から「日本人の友達」というリンクが送られて来た。見てみるとZULLOのオッサンがRaphaのためにマシンを作るというムービーだった。
Raphaがアメリカ以外に触手を伸ばすのは珍しい、今回はイタリア本家を代表してオッサンなかなかええ顔してるムービーや。
カッとしたパイプを見るその眼は私にとっては工房のいつも見慣れた顔やけど、街で普通に会うとただのオッサンにしかみえない。またそこがカッコええねんけどね。
オッサンが「日本人の友達」と言ってる。。ウン? オレのことか?
そやけど、ずらりと並ぶ有名ビルダーたち。
でもこの中で、ツール、ジロ、ブエルタ、世界戦にオリンピックと各選手にサプライしたビルダーはアンタだけや。 たいしたもんやなぇ。。尊敬するわ
ところで、ムービーでは今回のモデル名 inqubo とは イタリア語のINCUBO(悪夢)となっている
どうしてか?
そのフレームの開発はものすごく大変だったのだ。
あれは2006年だったかな。。オランダからデカいにーちゃんがやってきてスチールフレームを頼みに来た。デカい上にオランダ人だから足がチョー長いときた。
計ると、フレーム高さ625mmという寸法だ。そのオランダ人はアメリカのビルダーなどで作ってもらうつもりで頼んだらしいが、600mmを越えると直径の同じパイプが長くなって剛性が出ない上に長さも比例的に600mmを越えるというサイズに納得がいかなかったらしい。 そのオランダ人、体型がそこいらのホビーレーサーとはちょっと違う、それをオッサンはすぐに見抜いてレースの経験を聞き出した。すると彼の地域でも1〜2位を争う実力の持ち主だとオランダ人の奥さんが通訳するではないか・・。
問題は特大サイズ
1)スチールパイプの外径はラグを前提としているので径が細い
=シナリが出てレースには向かない
2)通常の計算式では高さに比例して長くなる
=オランダ人のように足の長い体型の場合フレーム高さより長さが短くなる場合がある
カーボンフレームは金型を起こして作るのでメーカーはここまで大きなサイズを作らないのである(売れない) さて、困ったもんだと思ってたらオッサンが物置から変わったフレームを持ってきたらスチールのトラックフレームだった。スペイン:リャネラス選手の為に作ったリヤチェーンステーが24mm、リヤバック18mmと太い無骨なフレームで世界戦で優勝したフレームだった。
ロードレースは速度変化が勝負を決める、とくに彼のような集団に付いていって最後に差すような勝ち方をする選手はレスポンスが重要だという。車長を詰めてレスポンスをよくすると同時にスプリントでの踏み負け、フレームのたわみをできる限りなくす設計をしなくてはいけない。そのため、デダチャイに特注をかけることになった。
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クイックリリースの作動確認図面 |
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初期のINQUBOステンレス製リヤエンド:大阪八尾製 |
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現在は軽量化のため穴あき加工がされている |
材料はもっとも軽く薄い鋼管EOM16.5、この原料管(製品形状に加工される前のパイプ)を使うことで外径が太くできる。それに合わせてヘッドチューブも大径化が必要となる。なぜなら選定した幅50mmのパイプに46mmのヘッドチューブは溶接できないのである。デダチャイにほぼ全てのパイプセットを特注しリヤバックをリャネラス仕様の24mm+18mmの同シリーズとした。ここで上がった問題はリヤエンドである、通常パイプに差し込んで溶接するエンドはパイプ径が特殊すぎて使えない。これも専用設計となり私が担当し、初期ロットは東大阪で加工したものだった。
ようやく出来上がったフレームを組み付けてみると、極太チェーンステーとクランクの隙間が2mmだったがしっかりとしてタワミのないパイプなので組み付けるシマノDURA-ACEクランクは問題なくセットされ納車されていった。その後、数カ国に輸出を開始して間もなくあるメールが飛び込んできた。
「クランクと接触して使い物にならない」という ・・?
数ヶ月前にカンパがカーボンクランクをリリース、どうもそのクランクを付けたお客さんだけが問題を起こしているようだった。早速、カンパ本社へ電話して図面を要求するも「企業秘密」をタテに全く出てこない。老松町に電話を掛けてシマノさんに話すると国際電話で15分後にFAXが届くレスポンスの良さ(さすが!)。問題のカーボンクランクを自腹を切って購入して組み入れると、レーコードとは違う金型で製造されている下位グレードのクランクはペダル間隔(Q-factor)を上位グレードと統一させるためにカーボン繊維の剛性不足をフレーム側への肉盛りで対応している事実が発覚。問題のINQUBOフレームは回収しなくてはいけなくなったのだった。
実際この回収騒ぎに工房が傾き、私が家賃を払えなくなったのは本当の話です。。。
その後、極太チェーンステーをデダチャイの工場の片隅で何回もベンダーで曲げてやや湾曲させて使用することになった。オッサンと真っ暗なデダチャイの工場の片隅でベンダー借りてセッセとマゲマゲしてたのを思い出す。このシチュエーションは「お先、真っ暗」なイメージそのもの。素晴らしいと思うモノを一生懸命作って、お客さんに怒られるのは溜まらなく辛いのだった。
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緩やかに曲線を描くチェーンステー
もっとも幅の狭いカンパ・レコードトラックもクリアしています |
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クリスキング・インセットを標準装備にしてみました |
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パイプが大きいとグラフィックが冴えるね
NAHBSポートランド参加作品 |
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ギリギリまで肉を落として剛性を維持
リヤメカのハンガー位置がやや下方にあるのがミソ |
泣かされたカーボンクランクも現在のものは薄くできているようで大丈夫そうやけど、当時、知名度の無かった小さな工房へのカンパの対応と来たらホント。。
基本、クランクはシナっては行けない部位、カーボンクランクの利点が軽量化以外に理解できません。アルミじゃダメなん? さらにQ-Factorなるものはハンドル幅と同じで、ある程度寸法がないと不安定になる場合があるので注意が必要。
ま、そういう理由で 悪夢の INQUBO 開発秘話でした。